四季・旅・愛〜芹洋子ファンサイト  
鳥取砂丘海岸からレストハウスを望む

■鳥取砂丘「風たちはいま」 山陰・山陽一巡ツアーin1978 part1


アルバム「青春の旅〜日本の抒情」のもう一人の作曲家、荒木とよひささんの作曲になる明るい曲です。
しかし詩を読むと結構失恋の曲だったりします。

「あなたと行った旅もいまははるかに」
「こころの溝のいまは深くて」
「結んだ指もいまは冷え冷え」

まったく救いようのない恋愛の終わりを歌った詩。ここには「出会い」を求めた旅は難しそうですね


さて1978年の夏休み、つばめと悪友は大きな旅の計画を実行に移しました。山陰・山陽を巡る旅です。
もちろんつばめとお馴染み友人Fは芹洋子さんの歌ゆかりの「鳥取砂丘」「津和野」「広島」「倉敷」を次々と巡る旅と位置づけていました。
一方友人Tは、「旅はハプニング・旅はロマン・旅は女の子」とばかりに別の意味のロマンに活気づいてる様子。(^◇^;)
車はその友人T所有のニッサン チェリーF-U1200DXです。ただしエアコンなし。(;´Д`)


1978年7月31日深夜出発、東名高速に乗りひたすら西に向かいます。
明け方京都に到着。普段ならここで観光をするのですが今はその先が目的地。
京都タワーを横目で見ながら国道9号線・27号線を舞鶴方面に向かいます。
山陰海岸国立公園に出て日本海と初対面。
鉄橋で日本一の高さを誇る餘部鉄橋をくぐりとうとうお昼頃、鳥取砂丘に着きました。


この年の夏は気温が高いのに、我々を運んでくれるTの日産チェリーF-2 1200DXはエアコン無しの大衆車。
ご覧の通り、少し走ると涼を求めて駐車して人間車ともひと休み。


鳥取車中


砂丘は、はてしなく広く真夏の太陽が容赦なく照りつける、まさに私たちには地獄のようなところでした。
つばめとFはもう体力の限界でTだけは「せっかく来たから海辺まで歩いていこうぜ。」と、とうとう波打ち際まで歩いていきました。


私と友人Fの2人は砂丘の端に立ち、Tの健脚を呪いながら、一方。やたらタンクトップで元気のある女性達
を恨めしく見てました。(^_^;)




初日に宿の予約ができなかったため(私たちの定宿は国民宿舎)野宿の予定でしたが、きれい好きのFは
漫画のように宿を探す算段をしていました。
さて、いくら何でもこれだけの酷暑の一日。
最後くらいは何としてもお風呂くらいは入りたいものだと、風呂を探しました。
やっと見つけたそれは何と、予約が僅かに遅くて取り逃がした国民宿舎の近くにありました。
丘の上に見える国民宿舎を恨めしく見上げながら、その風呂に入ったら・・・えっ、ちょっと周りが良く見えすぎ。
と言うことはこちらも見えちゃうんじゃ?と心配するような低い位置に立地していました。
そりゃ、私たちは「ヤローども」ですけど意外とナイーブなんですよぉ〜。
温泉

近くのレストランで夕食をとって、公園に入り車を止めてテントを張りました。
Fは「地面は砂地なので昼間の暑さが残っていていやだ」と勝手に車の中で高いびき。
つばめとTがテントに入り寝ることになりました。

私は一回寝たら起きることなく熟睡するほうですがTは眠りが浅いようで、「深夜に暴走族が来て、テントの周りで雑談していた。小石をテントにぶつけていたぜ。」と衝撃の報告が!
砂丘の上で

漫画はつばめの想像の域を出ませんが、みなさん野宿するときはくれぐれも気を付けてくださいね。
こうして鳥取砂丘の一日は終わりました。


この後も3人は天の橋立・大山・津和野・萩・北九州・広島・尾道・倉敷・姫路と旅を続けてゆきます。そのお話はまたあとで